チェルノブイリ 2017。 PS VRでチェルノブイリ原発周辺を生々しくも安全に体感できるVRコンテンツ「Chernobyl VR Project」が近くリリースされる

チェルノブイリ原発の「石棺」を封印する超巨大シェルター移動完了までを記録したムービーが圧巻のド迫力

チェルノブイリ 2017

19世紀まで、ウクライナとベラルーシの国境にあたるプリピャチ川流域には湿地と森林が広がっていた。 そして歴史の常として、人類はそれを破壊した。 森林は牧草地にするために焼き払われ、伐採された。 伐採された木は材木や薪になった。 ひと昔前には、ガラスやウォッカをつくる燃料として薪が大量に使われていたのだ。 ところが20世紀中ごろまでには、そうした産業の大半は消え去り、人間主体の再森林化活動によってこの地域は生まれ変わった。 そして1986年4月26日、キエフの北方110kmを流れるプリピャチ川付近で、あの事故が起きた。 チェルノブイリ原子力発電所が爆発炎上し、北半球中に放射線が降り注ぐことになったのである。 人が消えた地域で起きたこと まさに天変地異のような出来事だった。 当時のソヴィエト連邦(ソ連)は最終的に、チェルノブイリ周辺約3,200平方kmから30万人もの人々を避難させることになった。 この広大な地域は現在「チェルノブイリ立入禁止区域」と呼ばれており、旧原発はコンクリートの巨大な石棺に覆われている。 ところが現在、人が去ったのちに立入禁止区域で起きていることが、科学者たちの間で議論の的になっている。 この数十年の同区域の研究では、植物や動物の生命は奪われ、残った生命も汚染されて病にむしばまれているだろうと考えられていた。 しかし最新の研究では、これとは逆のことが述べられている。 植物が再び育ち、動物の生態系が事故以前よりも多様性を増しているというのだ。 自然を取り戻すための取り組みが行われたわけではない。 人間がいなくなっただけである。 30億の人間がストロンチウム、ヨウ素、セシウム、プルトニウムといった放射性物質に晒されれば、『アベンジャーズ』のサノスが指を鳴らしたかのような大惨事になることは想像に難くない。 実際、チェルノブイリ周辺で緊急対応にあたった救急隊員や作業員134人が深刻な放射能汚染を受けた。 また、のちに復旧作業にあたった作業員も53万人が重度の汚染を受けている。 被ばくした作業員たちの身体への影響についての研究は今も続いている。 関連記事: 放射性ヨウ素の影響 議論の余地もないほど明らかな事実がひとつある。 放射性ヨウ素を浴びれば浴びるほど、将来的にガンなどの甲状腺疾患を発症するリスクが高まるということだ。 当時の作業員については現在、白内障、白血病、ガンなどの症例が、一般の人とは比較にならないほど多く確認されている。 幸いにも、放射性のヨウ素131はその場に長くとどまることがない。 「ヨウ素131は半減期がとても短いので、事故から数週間で消えてくれました」と、ジョージア大学の生態学者で立入禁止区域の生態を研究しているジム・ビーズリーは語る。 「チェルノブイリの動物は、これには晒されずに済んでいます」 なお、放射線の影響については不明なことが多い。 2010年代初めにはニューヨークの高齢者の小集団が、非常に珍しい目と視神経のガン、眼内悪性リンパ腫と診断された。 そのうち10名は、チェルノブイリ近辺や放射線が降り注いだ地域に事故後も住んでいた期間があったという。 「赤い森」の現状 それでは、立入禁止区域のことはどう説明すべきか。 原発の西にある針葉樹林は最も放射能汚染レヴェルが高く、赤く変色して死滅し、いまも「赤い森」と呼ばれている。 しかし、ほかはどうだろう。 鳥類や昆虫などの無脊椎動物は初期の調査では生息数が減少しており、のちの調査によって大型の哺乳類についても同様のことが起きているとわかった。 「春の日に、赤い森のような汚染レヴェルが最悪の地域に行ってみてください。 鳥1羽の声も聞こえないはずです」と、パリ第11大学の生態学者で、1991年からチェルノブイリの調査をしているアンダース・モラーは言う。 「一緒に立入禁止区域に行ったら、鳥の鳴き声の活発度合いから汚染レヴェルを言い当てて見せますよ。 賭けてもいいです」 協力者のティモシー・ムソーとともに、モラーは長年にわたって放射能汚染が生態系に与える悪影響について警告してきた。 例えば彼の研究チームは、立入禁止区域のツバメの突然変異種の割合がイタリアやウクライナのその他の地域と比べて2倍から10倍の高さであること、それ以外の動植物の多くに遺伝子の損傷が見られることを発見した。 鳥類に見られるアルビノの斑点模様など、放射能被害の証拠となる例が、チェルノブイリ近辺ではほかの地域よりも頻繁に確認されるという。 また、鳥類やげっ歯類の精子中の奇形についても同様だそうだ(一般的に精子が異常に長くなるほど、放射能汚染の影響を受けている可能性が高まるという。 注意しておいたほうがいいだろう)。 動物たちが急増している? なかでも特に不安をあおられる調査結果がある。 モラーとムソーが立入禁止区域の内側と周辺でそれぞれ無脊椎動物の生息数を調べたところ、区域の内側のほうがその数が少なかったのだ。 すべての種に共通のことではないが、鳥類や哺乳類についても同様だとふたりは言う。 「われわれが目にしているのは、電離放射線が自由生活性の有機体に与える悪影響です。 自由生活性の有機体とは、つまり哺乳類、昆虫、クモ、チョウなど、あらゆる生き物のことです」とモラーは言う。 「次に考えなければならないのは、大型哺乳類の生息数を構成している個体の状態です。 健康な状態なのか、あるいは病気を発症したり奇形であったり、そのほか何らかのかたちで放射能の悪影響を受けたりといった状態にあるのか。 これについてはまだ研究が済んでいません。 いわば、立入禁止区域の上にでかでかと浮かぶクエスチョン・マークなのです」 生存競争と放射線量の問題 原発での事故が起きてから、立入禁止区域にヒグマがコロニーを形成(あるいは、再形成)した。 90年代の後半には、ヨーロッパの研究者たちが区域に絶滅寸前のモウコノウマを持ち込んだ。 さらにはバイソンも繁殖している。 どうやら人間がいないことで、動物たちはのびのびと個体数を増やしているようだ。 人間の脅威がなければ、多様な生態系が形成されることになるが、放射線がそれに水を差すこともあり得る。 しかしながら、方法論的な問題がひとつある。 それは、その区域の放射線量がどのくらいであるか、確実なところが誰にもわからないということだ。 地表に残された放射性核種が泥の中に閉じ込められていると考える者もいれば、動物が森を動き回る過程でそれらがよその地域に運ばれた可能性があると考える者もいる。 チェルノブイリ原発の冷却塔の近くにいた野良犬たち。 例えば赤い森では、死滅した針葉樹は放射線耐性がより強い落葉樹にとって代わられた。 しかし、その落葉土は酸性値が低く、そこに生きる微生物を変えてしまっている。 「人類が生態系を変えてしまったせいなのです」と、ビーズリーは言う。 「その原因は放射線に限りません。 絡み合った要因があります」 これらすべてに一考の価値があるのは、立入禁止区域が非常に特殊な場であるためだ。 かつて人間が存在したがいまはいないという場所は、地球上でも例が少ない。 こうした場所は、異界のモデルとしての役割を果たす。 たとえそのうちの2カ所、チェルノブイリと福島がともに放射線に汚染された地域だとしても(「だからこそ」かもしれないが)、それは変わらない。 むしろ、そこが肝心な部分でもある。 進行しつつある地球の気候変動を悪化させずにすむエネルギー生産手段として原子力を推すならば、原子力発電所の事故がどれほどの悪影響をもたらしうるのかを把握しておくことが重要だ。 原子力は環境に優しい(あるいは少なくともそう見える)とされるエネルギー源である。 発電には冷水(のちに温められる)を必要とし、ある程度の量の廃棄物を出しはするが、システムの安全性が増すまでチェルノブイリや福島の事故のようなリスクを覚悟できるという前提であれば、許容範囲内とも言えるかもしれない。 放射線と山火事の関係 いま述べたこと以外にも、気候変動とチェルノブイリについて考えるべき理由はある。 2015年、立入禁止区域で2件の山火事が発生した。 これにより、放射能をもつ粒子が再エアロゾル化され、煙に乗って上空に舞い、またしても欧州各地に散布されることになったのだ(放射線量はレントゲン程度だった)。

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チェルノブイリ (テレビドラマ)

チェルノブイリ 2017

『ゲーム・オブ・スローンズ』のHBOが製作し、『ブレイキング・バッド』『ウォーキング・デッド』のヨハン・レンクが監督、ヨーロッパの実力派俳優が集結した超ド級の社会派エンターテイメントドラマ『チェルノブイリ』。 人類史上最悪の原発事故はいったいなぜ起こったのか。 事故発生時の様子と、隠蔽を図る国家とその顛末までを克明に描いた圧倒的なリアリズムと、サスペンスフルな真相究明劇が融合し、世界中から称賛の声を集めた本作の魅力に迫る。 未曾有の大事故を描く社会派ドラマ 人類史上最悪の事故と称されるチェルノブイリ原発事故。 その発生から30年以上の時を経て、あの日、あの時、そしてその後、チェルノブイリで何が起こっていたのか、その真実を圧倒的なリアリズムで描いたのがドラマ『チェルノブイリ』だ。 旧ソ連のウクライナ共和国にあるチェルノブイリ原子力発電所の4号炉で事故が起こったのは1986年の4月26日。 炉心はメルトダウン後に爆発し、放射能性物質が広い範囲を汚染した。 発電所の従業員と家族が住民の大半を占めるプリピャチ市を中心に、避難区域は2600平方キロメートルにも及び、約30万人もの周辺住民が避難を余儀なくされた。 過去に前例のない、それゆえに事態は悪化の一途をたどった。 当時のソ連では自国で開発されたRBMK炉(黒鉛減速沸騰軽水圧力管型原子炉)が事故を起こすなどあり得ないとされ、その前提があるがゆえに、現場の人間が危険を訴えても、チェルノブイリ原発の責任者たちは事故を過小評価してしまった。 国家は高線量の放射性物質が検出されたスウェーデンのフォルスマルク原子力発電所からの問い合わせがあるまで、世界にも事故が起きたことを隠そうとし、周辺住民の通信は遮断。 住民はもちろん、消火活動に努める地元消防士たちにも真実は知らされず、避難が開始されたのは事故から約2日後だった。 後に明かされる原子炉の欠陥と、ヒューマンエラーが生んだ負の連鎖。 これが未曽有の大事故の正体だ。 ドラマは事故から2年後、現地に派遣された核物理学者ヴァレリー・レガソフ(ジャレッド・ハリス)のウソの代償についての独白から幕を開け、そして事故当日のチェルノブイリへと舞台は移っていく。 事故が起こった夜、対処に追われる現場作業員たちの必死さとは裏腹に、プリピャチの住民たちは青白い不思議な光を発するチェルノブイリ原発を眺めながら、「美しいね」とまるで花火でも見ているかのような言葉をつぶやき、やがて雪のように舞い散る死の灰の中では、子どもたちが無邪気にはしゃいでいる。 後に彼らを待ち受ける悲劇を思うと、そのあまりに静謐で、牧歌的な風景が切ない。 だがそんな住民たちの日々も、事故の収拾と現場検証のために来たレガソフの到着によって、たちまち霧散していくことになる。

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チェルノブイリ原発事故から32年、今、どうなっているのか?

チェルノブイリ 2017

2016年11月30日 19時00分 チェルノブイリ原発の「石棺」を封印する超巨大シェルター移動完了までを記録したムービーが圧巻のド迫力 1986年に世界最大級の原発事故を起こしたチェルノブイリ原子力発電所は、事故で爆発した原子炉をコンクリートで封じ込めています。 放射性物質の飛散を食い止めるために作られたこのコンクリート製の構造物は「石棺」と呼ばれているのですが、事故から30年が経過し老朽化が進んでいたため、この石棺ごと全体を覆うことが可能な巨大シェルターの建造が行われました。 その作業の様子がYouTube上で公開されており、圧巻です。 チェルノブイリ原子力発電所の石棺を丸々覆うようにして建造されたシェルターがどんなものになっているのかは以下の記事を読めば分かります。 そのシェルターを建造する様子を収めたムービーは以下から見ることができます。 1番左に映っているアーチ状の建造物がシェルターで、その隣にあるのがチェルノブイリ原子力発電所。 この中の原子炉のひとつが石棺と呼ばれるコンクリート製の構造物で覆われており、シェルターはその石棺を覆うように設置されます。 シェルターは幅275メートル、長さ162メートル、高さ108メートル、総重量3万6000トンとかなり巨大な構造物。 そのため、シェルターは地面の上をスライドさせるように移動させて石棺まで運ばれることとなるのですが、その移動の要となるのがシェルター下部に取り付けられている赤色の機器。 シェルターと地面の接点部分に…… 大量に取り付けられています。 シェルターの中から石棺を見るとこう。 チェルノブイリ原子力発電所とシェルターを合わせて見ると、シェルターがいかに巨大な構造物であるかがわかります。 シェルターの前面は以下のように左右非対称にくり抜かれています。 これはシェルターをスライドさせて石棺を覆うため。 シェルター側から石棺を見るとこんな感じ。 チェルノブイリ原子力発電所のすぐ隣で建造されたシェルターを石棺部分にまで移動させるだけでもかなりの時間をかけて慎重に行われています。 シェルターの前面に空いた穴ごしに見えるチェルノブイリ原子力発電所。 ついに建物を覆い始めたシェルター。 シェルターがチェルノブイリ原子力発電所を飲み込むかのような瞬間です。 シェルターとチェルノブイリ原子力発電所がぶつかることなく、キレイにスライドしていく様子は圧巻の一言。 ついに石棺を覆い尽くしたシェルター。 最後は前面部分のフタを下ろします。 フタを下ろすだけの一見単純そうな作業でも、ほぼ丸一日かけて行われている模様。 チェルノブイリ原子力発電所のシェルターがどういった経緯で作られることとなったのかは以下のムービーを見るとわかります。 1992年、ウクライナはチェルノブイリ原子力発電所を安全に管理するためのアイデアを募集しました。 1993年6月18日、コンペティションの中で原子炉と石棺をまとめて覆ってしまうという「RESOLUTION」と呼ばれるプロジェクトが提唱されました。 これは、コンペティションで提案されたなかで、唯一資金面での問題をクリアできているプロジェクトだったそうです。 プロジェクトが提唱されてから2年間、さまざまな団体がプロジェクトの実現可能性を調査しました。 その結果、アーチ状の構造が石棺を覆うのに最も適した形状であると判断されました。 シェルターはエッフェル塔や自由の女神よりも巨大で、完成すれば世界で最も大きな「動く金属製の構造物」になります。 以下の写真はチェルノブイリ原子力発電所周辺のもので、青色部分がシェルターで覆う石棺が存在するエリア、緑色のエリアでシェルターを建造する予定となりました。 そして1997年11月、G7サミットの中でシェルターを建造するための資金の管理を行うチェルノブイリシェルター基金が設立されます。 実行可能性調査に基づき、シェルター建設を行う企業を選ぶための入札が2004年に行われました。 その際、フランスの総合建設会社である と が協力し、 を立ち上げました。 2007年9月17日、Novarkaがシェルターの建造を担当することで正式決定します。 その後、100人以上のフランスとウクライナのエンジニアがシェルターの構造設計をスタート。 そして、石棺を覆うために約300メートルのシェルターを建造することが決定します。 シェルターはあまりにも巨大すぎるため2つに分けて建造され…… 最後に2つをつなぎ合わせるという計画になりました。 2009年にNovarkaのチームは現地入りし、まず初めにシェルターを建造するためのエリアの除染を行いました。 2010年4月、シェルターを石棺側にスライドさせるため、シェルター建造エリアから石棺までコンクリートのはりを地面に埋め込む作業が行われます。 2012年2月にはシェルター建造に使用される材料の搬送がスタート。 イタリアのポルデノーネから18隻の船と2500台のトラックを使って3万6000トンもの資材がチェルノブイリまで運び込まれました。 シェルターは、2012年11月から2014年10月までの期間を6つのフェーズに分けて建造されます。 2014年4月、シェルターを遠隔操作するための補助設備を構築。 2015年6月、シェルターを操作するための電気系統の整備と換気装置の設置がスタート。 換気装置が必要な理由は、シェルターが巨大すぎて内部に100万立法メートルもの空気がたまるので、換気しなければ内部と外部の温度差によりシェルターの壁部分に圧力がかかってしまうためです。 これはオリンピックで使用される長さ50メートルのプール370個分の容積だそうです。 2016年11月14日、別々に建造された2つのシェルターが合体。 2016年11月29日、シェルターは建造された位置から327メートル移動し、石棺を覆うことに成功しました。 2017年には石棺とシェルターとの間の隙間を埋める作業などが行われる予定です。 プロジェクトに参加したNovarkaの従業員の数はなんと1万人。 プロジェクトに協力した国の数は30か国。 なお、シェルター完成に伴い開催されたセレモニーの様子はYouTube上でライブ配信されており、以下のムービーから配信の様子を見ることができます。

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