バチカン 法王。 フランシスコ法王、同性愛は「最新流行」 聖職者への影響を懸念 写真3枚 国際ニュース:AFPBB News

tournews.biz : ローマ法王、同性愛男性に「神があなたをそのようにつくった」

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ジョセフ・チェノットゥ(Joseph Chennoth)大司教• 1943年10月13日 インド・ケララ州、シリア・マラバル典礼カトリック教会のエルナクラム・アンガマリー大司教区のコカマンガラムに生まれる• 1969年5月4日 司祭叙階。 教会法博士。 1977年〜 カメルーン、トルコ、イラン、教皇庁国務省外務局で、また臨時教皇大使代理としてベルギー、スペイン、北欧諸国、中華民国(台湾)で活動。 1999年8月24日 ミレヴィ名義大司教また駐中央アフリカ共和国およびチャド共和国教皇大使に任命される• 1999年10月30日 司教叙階。 2005年6月15日 タンザニア連合共和国教皇大使に任命される。 2011年8月15日 駐日教皇大使に任命される。 2011年10月20日 来日。 駐日教皇大使として着任。 1919-1921年 ペトロ・フマゾニ・ビオンディ大司教• 1922-1931年 マリオ・ジャルディニ大司教• 1931-1933年 エドワード・ムーニィ大司教• 1933-1949年 パウロ・マレラ大司教• 1960-1962年 ドミニコ・エンリッチ大司教• 1966-1973年 ブルーノ・ヴュステンベルグ大司教• 1974-1977年 イポリト・ロトリ大司教• 1978-1983年 マリオ・ピオ・ガスパリ大司教• 1983-1997年 ウィリアム・アクイン・カルー大司教• 1998-2005年 エムブローズ・デ・パオリ大司教• 2005-2011年 アルベルト・ボッターリ・デ・カステッロ大司教.

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「ローマ法王」と「ローマ教皇」の違いを生んだ“歴史的背景”

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【佐藤優直伝「インテリジェンスの教室」Vol. 伊藤: 日経新聞国際面。 「新ローマ法王 カトリック教会の改革が課題」 ローマ法王に初めての中南米出身者として選ばれたフランシスコ1世は、相次いだ醜聞でイメージが失墜したカトリック教会の改革で手腕を発揮することが期待されています。 新法王としてフランシスコ1世が抱える大きな課題は、執事による内部文書の流出などで明らかになったバチカン内部の権力闘争の収拾です。 これまでバチカンから離れたブエノスアイレスで聖職者の業務に従事してきた新法王は、バチカン内部のしがらみがないのが強みです。 その一方で、どこまでバチカン内部の有力者を掌握できるかは未知数ではあります。 イスラム教をはじめとするほかの宗教や国交が断絶したままの中国との関係改善も課題とされています。 邦丸: このような「ローマ法王」という表記はやめてください、「ローマ教皇」にしてくださいとローマ教皇庁は言っているということなんですが、佐藤さん、そもそもなぜ「ローマ法王」ではいけないんですか。 法王はその王様である。 日本にキリスト教が入ってきたとき、よくわからないままに最初は「パパ様」とか呼んでいたわけですが、わからないまま「パパ」というのもなんだから、日本では何に近いのだろうかと考えた。 それは「法王」だということでそう訳したのですが、後になってぜんぜん違うぞ、法王は浄土真宗かなにかの概念だと気づいた。 それで「教皇」に替えたのですが、マスコミには「法王」が定着してしまったので、「法王」「教皇」が混在していたんです。 二代前の教皇だったヨハネ・パウロ2世が日本に来たときに、「教皇」に替えましょうとあっちこっちのマスコミにお願いするとともに、外務省にも「名前を駐日ローマ教皇庁大使館」にしたいと言ったら、外務省が「ダメーっ」。 邦丸: へぇー。 国の名前が替わったわけではないのだから、一度登録したら替えられないということで、今も「ローマ法王庁大使館」を名乗っているんです。 邦丸: 法王から教皇に呼び方を替えるっていうのは、そんなに大変なことなんですか。 佐藤: 大変なことじゃないです。 外務省の内規の問題ですから。 もし、安倍晋三総理が指導力を発揮して、「これ、替えてやればいいじゃないか、向こうがそういう名前だ、そっちが正確だって言っているんだから」ということになれば、日本とバチカンの関係がぐっと進みますよ。 邦丸: そんなに進みますか。 佐藤: バチカンというのは意外と政治的なんです。 ローマ教皇には二つの立場があるんです。 ひとつは、カトリック教会全体のトップの宗教人です。 もうひとつは、バチカン市国というローマのなかの小さな国の国家元首なんです。 第二次大戦中も実は日本とバチカンは外交関係をもっているんです。 それで、バチカンを経由してアメリカと和平交渉をやろうとしていたんです。 邦丸: そうなんですか。 佐藤: ですからバチカンは今のタイミングでなにが重要かというと、中国との関係です。 中国とバチカンというのは国交がないんですね。 邦丸: 今、伊藤佳子アナが日経を読んでくれましたが、国交が断絶したままなんですね。 佐藤: どうしてかというと、中国が世界基準を認めないんです。 バチカンと国交関係を結ぶときは、カトリック教会幹部の人事をバチカンがやることになるんです。 でも、中国には中国政府がつくったダミーのカトリック教会があるんですよ。 邦丸: そんなのがあるんですか。 佐藤: プロテスタントのほうもそうなんですが、ダミーの教会は中国共産党とほぼ一体なんです。 そこで人事を全部やります。 それでは信教の自由が守れない。 原理原則が違うから、バチカンは中国とは関係をもてませんね。 中国が世界共通の価値観を受け入れようとしないという典型的な事例です。 そうなると、逆にここでバチカンに頑張ってもらって、宗教団体の人事を宗教団体がやってもぜんぜんおかしくない、それが世界基準だということを中国に認めさせることによって、たとえば大気汚染に関しても世界基準をちゃんと認めさせる。 あるいは、病気で死んだブタを勝手に川に流さないというルールを認めさせる。 このように全部、パッケージなんですね。 TPPにしても、これもひとつの国際基準をつくって中国に認めさせることなんですよ。 だから世界が大きな対中圧力をかけているなかで、バチカンは大きな力を発揮するんですよね。 邦丸: ただ、中国の立場からすると、バチカンと国交を回復するということは信教の自由を認めるということになってくる。 中国の国内の宗教問題が一斉にウワーッと出てきますよね。 これを抑えるのは大変だと思うんですけど。 佐藤: おっしゃるとおりなんです。 要するに、国家によって宗教を規制しなければ、昔の太平天国の乱みたいに、キリスト教系の新興宗教が出てくる可能性がある。 あるいは、プロテスタント系は中国キリスト教三自愛国運動というのがあって、国を愛するキリスト教徒の運動というのを国家が統制しているんですが、それに入らない地下教会があるんですね。 ですから、そこのところの抑えが効かなくなる。 今、バチカンとはすごいガチンコ勝負をやっているわけですけれど、バチカンとの間で共通のルールをつくるのは、実は簡単なんですよ。 ただ、それでは下が抑えられなくなる。 中国が懸念しているのは、まさにそこのところなんです。 まあ、国民が信じたいというのを抑えつけないともたない国というのは、いつか吹っ飛びますよ。 ・・・・・・.

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ローマ法王、38年ぶり来日、アジア重視の姿勢鮮明 (写真=ロイター) :日本経済新聞

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仏教 [ ] における法王は、のなどに登場するで、の「ダルマラージャ」に相当する。 (ゴーダマ・シッダルタ)や(仏陀)などの、におけるかしらを指す。 チベット [ ] においては、いくつかの宗派が存在し、チベット仏教全体を束ねる長などは存在しない。 ただし、宗派によってはその宗派の管長や領袖が存在したり、在家集団で指導者が存在しない宗派などまちまちである。 中国語圏ではを「大寶法王」と称するなど、チベット仏教の宗派の長を法王と称する事例がある。 かつての中国の王朝においてチベットの宗教的権威者たちに法王号が授与された歴史があった。 は宗教的にはの高僧、世俗的にはチベットの(元)元首にすぎない。 日本においてはのことを法王と記述しているが、原文となっている英語は単に his holiness となっており法王の意味はない。 (Kundun)(「存在」、または「尊きもの」の意)の尊称でも呼ばれる。 古代王朝の吐蕃王のうち、仏法がチベットに根づくのに功績があった、、 ()を後世のチベットでは3人の法王とする。 この場合の法王はの「チューギェル」(: chos rgyal)に当たる。 チューギェルはかつてのの藩王の称号でもある。 では、建国の父を「シャプドゥン」(足下に跪くべきお方)と尊称し、その身・口・意の三系譜に分かれたにチューギェルの称号が与えられた。 タイ [ ] の最高位者の称号。 上座部仏教を国教とするタイ王国では大長老会議を仏教の最高意思決定機関とし、法王がその議長を務めている。 日本 [ ] は後代に「法王」と呼ばれることがあった。 太子の伝記のひとつは『』と名付けられている。 2年(766年)は寵愛するに対して「法王」の称号を授けている。 これは、世俗はが、仏門は法王が、それぞれ支配するということを意味したものだという。 しかし称徳天皇が崩御すると道鏡は失脚、この称号もそれきりとなった。 なおしたのことを「法王」と書き表した例も見られるが、これは「」とするのが通例である。 キリスト教 [ ] かつては「法王」と「」が混用して用いられていたが、のによる史上初の教皇日本訪問に際し、日本のカトリック司教団が「王」という印象を与える「法王」よりも「教え」という文字が入っている「教皇」の方が現代の教皇のあり方にふさわしいと考え、両者の混用を廃することにした。 そこで、カトリック教会の表記では「教皇」に統一することとし、マスメディアにも呼びかけた。 以来、カトリック教会としての公式な呼称は「教皇」で統一されているが、マスメディアや一般の書籍では未だに「法王」と「教皇」が共に用いられている。 歴史関係では「」など教皇を使う場合が多い。 や関係の書類やホームページでは、長らく「ローマ法王」の語が用いられており、日本政府における公式称号となっていた。 これはバチカンと日本が外交関係を樹立した際に大使館名を「ローマ法王庁大使館」として届け出たことに由来する。 上記の名称統一が行われた際にローマ教皇庁は「法王庁」から「教皇庁」への変更を申し出たが、日本政府は国号変更等の事情がない限り変更は認められないとして棄却し、「法王庁」の呼称のままであった。 2019年のの日本訪問に先立つ11月20日に外務省は「法王」から「教皇」に呼称を変更すること発表した。 日本のカトリック教会の見解は下記の通り。 上記の大使館名変更不可の経緯についても触れている。 - カトリック中央協議会 また、退位した教皇の称号であるを別称して「名誉法王」ともいう。 イスラム教 [ ] ののの指導者をというが、かつてはこれをの法王あるいは教皇と訳すことがしばしばあった。 キリスト教の法王・教皇とイスラム教のカリフの違い [ ] イスラム教のカリフは、ローマ教会の教皇(法王)に似ているとされる。 確かに、カリフという語は「代理人」を意味し、の代理人の資格でイスラム共同体を指導したので、使徒ペテロを継承し、キリストの代理人を自称するローマ教皇とよく似ている。 また、期の後半から期にかけては、有力な軍事指導者に大、などの称号を授与し、その権威を保証するものの、実態においてはまったく名目的・儀礼的な支配者に過ぎなかったことはと教皇の関係に似る。 またイスラム教側でキリスト教の教皇を『キリストのカリフ』と呼んだことにも両者の類似性が見て取れる。 しかしながら、教皇とカリフの間には非常に大きな相違もある。 すなわち、ローマ教皇はカトリック教会における聖職者の最高位ではあるが、はではないし、イスラム共同体における宗教的な権威の最高位ではない。 では建前としては聖職者をおかず、また実際にはと呼ばれるイスラム教に関する学問を修めた知識人が聖職者にあたるが、自身の資格にはである必要も、イスラムの学問を修めている必要もない。 カリフが存在するのはイスラム教の二大宗派のうちのであるが、スンナ派では宗教的な解釈などの権威はウラマーの学界のコンセンサスによって成り立ち、それを動かす力をもつのは学識あると認められた高位のであって、ではない。 このため、高位のの承認によってが廃されることもしばしば起こった。 はの滅亡後いったん途絶え、後半からにの皇帝がスルタンにしてカリフを兼ねる存在であるという言説とともに復活するが、この時代においても帝国内の宗務はの最高位であるシェイヒュルイスラームの権限であり、帝国外の宗務についての力は及ばなかった。 近代におけるは宗教的な指導者ではなく、全の名目的な首長ととらえられていたとみるべきである。 これはよりも、当時、の権威を引き継いだと主張するが、全に対する保護者を自認していたのに似ている。 脚注 [ ]• m毎日新聞、2019年11月20日• 「 地球24時 ローマ法王、退位後は「名誉法王」に」『朝日新聞』2013年2月27日朝刊12頁、 「ベネディクト16世、退位後「名誉法王」に」『産経新聞』2013年2月27日東京朝刊国際面、「ローマ法王庁 退位後の呼称は「名誉法王」 ダイジェスト」 」『日本経済新聞』2013年2月27日朝刊7頁、「ローマ法王:最後の一般謁見、信徒15万人 別れ」『毎日新聞』2013年2月28日東京朝刊9頁、「ベネディクト16世 歴史的「名誉法王」 バチカン市内で隠居 慣習化の可能性」『読売新聞』2013年3月1日東京朝刊6頁参照。 参照文献 [ ]• 『朝日新聞』2013年2月27日朝刊• 『産経新聞』2013年2月27日東京朝刊• 『日本経済新聞』2013年2月27日朝刊• 『毎日新聞』2013年2月28日東京朝刊• 『読売新聞』2013年3月1日東京朝刊 関連項目 [ ]•

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