あいち トリエンナーレ 表現 の 不 自由 展。 #報道の不自由展:河村市長の座り込みプラカードを映さない・昭和天皇の御真影焼却に触れないメディアたち

「表現の不自由展・その後」実行委員・永田浩三氏(武蔵大学教授)の目に涙も「作家に一言もないことは尋常ならざる事態」 ~展示会の再開~緊急集会&記者会見 あいちトリエンナーレ「表現の不自由展・その後」中止事件

あいち トリエンナーレ 表現 の 不 自由 展

愛知県で開催中の国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」が中止になった問題で、同展の異様さが改めて浮き彫りとなっている。 元慰安婦を象徴する少女像などに加え、昭和天皇の肖像を燃やすような動画が展示されていたためだ。 「表現の自由」をめぐる議論が活発化する中、特定の政治性を帯びた侮辱や冒涜(ぼうとく)、ヘイト(憎悪)とも受け取られかねない作品に批判が相次いでいる。 「焼かれるべき絵」 問題の動画は、先の大戦を連想させる映像や音声が流れる中、コラージュ画に使われた昭和天皇の肖像を大写しにして、ガスバーナーで燃やしていく-という内容。 燃え残りの灰を足で踏みつぶすシーンもある。 企画展が中止となる前日の3日、動画を流すモニターの前には人だかりができ、来場者が顔をしかめたり、スマートフォンで撮影したりする姿もみられた。 説明書きなどによると、昭和61年、富山県立近代美術館(当時)に展示された昭和天皇の写真と女性のヌード写真などを合成したコラージュ画が県議会で「不快」と批判され、美術館は作品を売却するとともに図録を焼却処分した。 それが今回、燃やすシーンを挿入した理由とみられる。 モニターの近くには「焼かれるべき絵」とのタイトルで、昭和天皇とみられる軍服姿の、顔の部分が剥落した銅版画も掲げられていた。 来場した名古屋市の会社員男性は「結局、昭和天皇の戦争責任を問いたいのだろう。 悪意に満ちていて気分が悪かった」と吐露。 愛知県春日井市の自営業男性は「いくら表現の自由があるとはいえ、天皇の肖像を焼くような動画を行政が支援するイベントで見せるのは行き過ぎ」と話した。

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「表現の不自由展・その後」 中止の波紋

あいち トリエンナーレ 表現 の 不 自由 展

その背景は。 あいちトリエンナーレ表現の不自由展が中止に追い込まれた。 愛知県内で開かれている国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」(津田大介芸術監督)の実行委員会は3日、企画展「表現の不自由展・その後」の中止を決めた。 慰安婦を表現した少女像など、各地の美術館から撤去されるなどした二十数点を展示しているが、抗議の電話が殺到するなどしていた。 出典: この「表現の不自由展・その後」とは一体何なのか。 なぜ、あいちトリエンナーレでこの展示が行われたのか。 背景を知らなかった私には唐突に思えたが、主催者の文章を読んでその意義がよくわかった。 「表現の不自由展」は、日本における「言論と表現の自由」が脅かされているのではないかという強い危機意識から、組織的検閲や忖度によって表現の機会を奪われてしまった作品を集め、2015年に開催された展覧会。 「慰安婦」問題、天皇と戦争、植民地支配、憲法9条、政権批判など、近年公共の文化施設で「タブー」とされがちなテーマの作品が、当時いかにして「排除」されたのか、実際に展示不許可になった理由とともに展示した。 今回は、「表現の不自由展」で扱った作品の「その後」に加え、2015年以降、新たに公立美術館などで展示不許可になった作品を、同様に不許可になった理由とともに展示する。 出典: なぜ中止になったのか、報道を見ると以下のとおりである。 津田氏によると、少女像をめぐって、抗議する電話が開幕した今月1日だけで約200件あった。 テロ予告や脅迫と取れるもの、職員の名前を聞き出してネットに書き込むような事例もあり、「対応する職員が精神的に疲弊している」と説明していた。 一方、河村たかし・名古屋市長が2日、トリエンナーレ実行委員会会長である大村秀章・愛知県知事に対し、展示中止を含めた適切な対応を求める抗議文を提出。 「日本国民の心を踏みにじる行為」などと主張し、津田氏らが対応を検討していた。 出典: こちらをみるとさらに、深刻な事態であったことがわかる。 大村知事は会見で、「これ以上エスカレートすると、安心して楽しくご覧になることが難しいと危惧している。 テロ予告や脅迫の電話等もあり、総合的に判断した。 撤去をしなければガソリン携行缶を持ってお邪魔するというファクスもあった」と説明した。 「こうした卑劣な非人道的なファクス、メール、恫喝(どうかつ)脅迫の電話等で、事務局がまひしているのも事実。 行政が展覧会の中身にコミットしてしまうのは控えなければならず、芸術祭じゃなくなる。 しかし、諸般の状況を総合的に鑑み、円滑な運営のための判断だ」と述べた。 出典: この件が巡っては、炎上批判殺到などの報道に接し、私も大変懸念していたが、中止という最悪の事態となった。 このような形で表現の自由が剥奪されるという事件は、日本における不寛容なナショナリズムの暴走など 「表現の不自由」が極限に達した現実を象徴する出来事であり、私は言葉がないほど衝撃を受けた。 このような社会でよいのか。 テロ予告や脅迫によって表現が圧殺された、そして 「日本国民の心を踏みにじる行為」などとして現職市長が展示の中止を求めた、そうした圧力によって、論争的な表現が表現機会を奪われる事態に追い込まれたという事態は、極めて深刻である。 私は部外者だが、これは誰もが無関係でいられない、社会全体で考えなければならない深刻な問題である。 ここでは当たり前のことをいくつか指摘したいと思う。 本来、民主主義社会では大前提とされなければならないことばかりであり、このような大前提を確認しなければならない現状は非常に残念である。 表現の自由といえどももちろん、絶対無制約ではない。 しかしながら表現の自由は、多元的な価値観の共存を大前提とする民主主義社会を支えるため、必要不可欠な権利と認識され、近代社会以降、高度な人権保障が必要とされてきた人権カテゴリーである。 特に、戦前に表現の自由が弾圧されたまま、多大な人命の犠牲を国民に強いる戦争へと突き進んだ過去への反省にたち、 日本国憲法では表現の自由に対する保障は優越的地位を占めるものとして最大限尊重されることとなっている。 他人の権利を侵害するなど、「公共の福祉」に反する場合でない限り、表現の自由の制約は正当化されない。 自分と意見が合わない、政府見解と異なる、まして「日本国民の心を踏みにじる行為」などといった抽象的情緒的な理由により、表現の自由が侵害されることがあってはならない。 多元的な価値観を保障する民主主義社会においては、自分と異なる意見を述べる自由を保障することは非常に大切である。 まして多数派の見解でないからと言って言論が弾圧されることがあってはならない、仮にそれがいかに「不快」であってもである。 そして表現内容をチェックして事前に表現を禁止し、表現を禁止することを 「検閲」というが、日本国憲法は検閲を絶対的に禁止している。 なぜなら、表現機会そのものを奪ってしまうことは、表現の自由のはく奪であるからだ。 憲法第21条 1 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。 2 検閲は、これをしてはならない。 通信の秘密は、これを侵してはならない。 政府見解と異なるとか心を傷つけるなどの理由で表現の自由が奪われたり、はく奪されることはあってはならないのである。 公権力が正当な理由なく表現に介入したり、暴力的な形での表現の圧殺に加担する側に回ることは決して許されないはずである。 また、公権力は私人が表現の自由を行使していることを理由として、その生命身体に重大な危害を加えられる危険がある場合、当然に表現者の立場に立って表現者を守り、表現の自由を保護するを果たさなければならない。 ところがこの件では名古屋市長が表現の自由を守るどころか、誹謗中傷や脅迫など言論の自由を封殺させる動きを助長する役割を果たした。 そして現在も態度を改めない。 河村市長は中止も「「やめれば済む問題でない」と展示者に謝罪を要求、 河村氏は、芸術祭が名古屋市も経費を負担し文化庁も関与する公的な催しだと指摘。 元慰安婦を象徴する少女像の展示は「『数十万人も強制的に収容した』という韓国側の主張を認めたことになる。 日本の主張とは明らかに違う」と話した。 出典: という。 極めて由々しき事態である。 また、本来警察がもっと機動的に迅速に役割を果たせなかったのか問われなければならないだろう。 FAXや電話の発信者がなぜ一つも突き止められないのか、日本の警察のレベルはそんなものではなかろう。 表現に対するテロ予告行為に対しては民主国家として放置してはならないはずであり、こうした事案において警察が役割を果たせないとすればそれは法治国家としてあるまじき事態だ。 明確な検証、総括が必要だと思う。 しかし首相にそうした動きはなかった。 本件について菅官房長官は以下のように対応した。 菅義偉官房長官は2日の記者会見で、文化庁の補助事業として愛知県内で開かれている国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」で、慰安婦像をモチーフにした「平和の少女像」や昭和天皇の写真が燃えているように見える作品が展示されていることについて「事実関係を精査した上で適切に対応したい」と述べ、補助金を交付するかどうか慎重に判断する考えを示した。 出典: このような発言も、むしろ展示への攻撃を助長する役割を果たしたと考えられる。 加えて、将来にわたる日本の表現の自由に対して 重大な萎縮効果をもたらすものであり、著しく不適切である。 国の補助金、ひいては税金というものは国民全てのために使われるものであって、政府見解と異なる表現だからという理由で税金の交付や助成金支給が認められないということがあってはならない。 当然のことである。 例えば国会の運営には多額の税金が使われているが、政府見解と異なる主張をする野党に支出することは問題だから野党の質問時間をなくする、野党には予算を与えない、そのようなことがあり得ないのは当然だと誰もが理解できるだろう。 民主主義を否定するものであることが明白だからだ。 しかし、多元的価値、民主主義的価値は国会の中で保障されなければならないのと同様に、国会の外でも市民にも当然尊重されなければならない。 学問、芸術そして表現の自由、その他の民間活動の領域において、国が支出する税金で実施される事業について、時の政権の一定の見解に属していない、ないしは批判的であるからと言う理由で、補助金が支給されない、ということはあってはならない。 まして、補助金の支給を再検討する、補助金を支給する条件として表現の一部の中止を求める、とすればそれは表現弾圧を意味するであろう。 そうした方向は日本をただひとつの色に統一し、暗黒の社会に導くものである。 本件が前例となり、政府見解に反するから、日本の心を傷つけるからと言う理由で、補助金を出さないことが公然と容認されることがあってはならない。 まして政府見解に反するから、日本の心を傷つけるからと言う理由で、表現が圧殺されて仕方がないというような社会になってはならない。 日韓の間でいわゆる 「慰安婦問題」が深刻な政治課題となり、政府見解とそれ以外の見解の対立があることは多くの人が承知している。 しかしなぜ物言わぬアートである少女の像が日本の心を傷つけるのだろうか? 慰安婦問題は曲がりなりにも日本政府がで謝罪している第二次世界大戦中に起きた深刻な女性に対する人権侵害である。 強制連行の有無等について政府見解と韓国の見解に対立があるとしても、慰安婦制度、そして慰安婦にさせられた結果、少女たち女性たちがいることは歴史的な事実である。 今回の動きは、ナショナリズムのエスカレートの結果、 日本にとって都合の悪い歴史的事実については論争や検証、対話を続けるのでなく、日本の表現空間から丸ごと葬り去ろうとする危険な風潮に見えてならない。 こうして意見の対立がある論争的な問題について 「物言えば唇寒し」という状況が日本中に広がり、誰もが議論をやめ、思考を停止した後に日本にどんな未来が待ち受けているだろうか。 だれもが真剣に考えるべきである。

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不自由展、作品に「不快」批判 天皇肖像燃やす表現 来場者「悪意に満ちていた」 愛知の芸術祭、企画展中止(1/3ページ)

あいち トリエンナーレ 表現 の 不 自由 展

あいちトリエンナーレの表現の不自由展の再開を大村知事がトリエンナーレ実行委員会に諮らずに強行した問題で河村市長が座り込み抗議をしました。 しかし、そこにはプラカードを映さない・昭和天皇の御真影焼却に触れないメディアたちがありました。 まさに「 報道の不自由展」だと思います。 河村市長の座り込み・演説内容:表現の不自由展再開に対して 河村たかし市長がトリエンナーレ会場前で座り込みしています。 — 中村かさね Kasane Nakamura/ハフポスト Vie0530 あいちトリエンナーレ、 芸文前にて大規模なデモが始まりました。 河村市長座り込み中なう。 — 温泉と音楽で何とか生きてる人 69fest 「ここが最大の問題ですよ。 騙して不正な申請をしてはいけません。 犯罪のおそれが非常に強い! それから陛下の御真影を燃やして足で踏ん付けるやつ、ちゃんと報道してください。 マスコミはホントの事を言ってください」 河村市長は長時間座り込みをしたのではなく 、7分間だけ座り込みをしたのちに、各所で報道陣に対してコメントを述べたり演説をしたりしていたようです。 河村市長登場の瞬間。 去り際には、周囲から「河村市長、知事になってください!」「あなただけが頼りです!」と声が飛んでいました。 後ほど詳報します。 — 中村かさね Kasane Nakamura/ハフポスト Vie0530• 本当の展示内容を隠して補助金申請をしていたこと• 昭和天皇の御真影を含むものが焼却されて踏みつぶされた映像作品• 日本人の墓という作品• 捏造慰安婦像=少女像 この動画では河村市長はこれらを問題視しています。 「展示内容を隠して申請」については以下でまとめています。 表現の不自由展再開に対する河村市長の座り込みプラカードの狙い 河村市長はマスメディアに「天皇陛下の御真影が燃やされてることが問題視されているという事を報道させるため」に行ったので、たった7分間の座り込みで切り上げたということですね。 最初から長時間やる目的ではなかったようです。 私もマスメディアの報道(新聞・通信社のWeb媒体のみ)を確認してみましたが、この点について報じている所は非常に少なく、報じていても捏造慰安婦像=少女像をメインに報道していました。 河村市長の座り込みは、大村知事に対する抗議であると同時に、こういった 報道の不自由な状況に対する抗議でもあったのだと気づかされます。 報道の不自由展 10月8日の夕方の報道を見てみると、まさに「 報道の不自由展」と言うにふさわしい内容になっていました。 NHK 【これが報道しない自由】 18時台のNHK 見事に『昭和天皇への侮辱』を画面から外してますね。 ナレーションも「昭和天皇のコラージュ作品」としか言及していませんでした。 — Nathan(ねーさん) Nathankirinoha 私がしっかりと視聴できたNHKの18時台のニュースでしたが、これでは昭和天皇の御真影を含むものがガスバーナーで焼却された上に足で踏みつけられた映像作品を問題視していることが分かりません。 TBS の座り込み、プラカードは正解だわ。 関西ローカル夕方の テレ朝系 でさえ昭和天皇の写真が焼かれる映像数秒流さざるを得なかった。 天皇陛下への侮辱には触れず、河村市長のプラカードを絶妙に隠すTBS。 テレ朝 テレ朝 もちろん、天皇陛下への侮辱には触れず。 — PoliTube Politube2 河村市長は座り込みの演説で、昭和天皇の御真影を燃やして足で踏みつける作品に言及したが、私が現時点まで見た限りでは、演説を放送した局の全て(NHK、朝日放送 テレ朝系 、毎日放送 TBS系 )が、その部分をカット。 それ放送しないとプラカードの意味が視聴者に伝わらない。 — くっくり新垢 六四天安門事件 boyakuri2 他方、テレ朝はプラカードの全面を放映していたというユーザーも居ました。 番組名までは覚えていませんがテレ朝で河村市長の陛下についての大切な発言部分とプラカードの全面を放映していましたよ。 テレ朝は時々意外な放映しますよね。 まともな人も中にはいるのかもしれません。 — 天地自由人 tenchijiyujin 朝日新聞 朝日新聞のこの記事、河村市長が「 陛下への侮辱を許すのか」というプラカードを掲げている、とサラッと触れていますが、その意味を詳しく書かないとダメでしょう。 朝日はこの件を何度も記事にしながら昭和天皇の写真をバーナーで焼いて踏む作品にほとんど触れていない。 まとめ:昭和天皇の御真影焼却に触れないメディアたち 表現の不自由展は捏造慰安婦像=少女像よりも、むしろ昭和天皇の御真影を焼却する映像作品が問題視されており、それが問題の核心でした。 しかし、それを報道せずに慰安婦像の映像ばかりを写しているのはいったいなぜでしょうか?「映像を流すとやばいから」と考えているとするならば、なぜそのような展示を肯定的に報じるのか、また、映像は無理でも口頭での説明をすればよいのにそれすらしていないのはなぜなのか? まさに、 報道の不自由展と言うべきではないでしょうか。

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