きみを見つけに。 きみを見つけた日

可愛すぎる「きみぴょんクッキー」を見つけた

きみを見つけに

地元の農畜産物を多く取り扱っていて、結構お安く買えたりすることも多いのでお野菜なんかは普通のスーパーよりもJAで買うことが多いです。 といっても、私がよく行くのは同じJAきみつの直売所でも袖ケ浦にある「ゆりの里」。 今回初めて味楽囲さだもと店に来ました。 JAでは野菜やお肉、お花や苗などだけではなく、パンやお弁当なんかも販売してました。 そこで見つけたのがこちらー。 きみぴょんクッキー 1枚 110円 おおお! これは可愛いいぃぃぃいい!!きみぴょんのかわいらしさが存分に出ている! とにかく クオリティーの高さがハンパない!!1枚1枚丁寧に作られているのが見てわかる! きみぴょんクッキー7枚入りの箱売りもありました。 ちょっとしたプレゼントなんかにちょうど良さそう。 というか欲しい。 食べるのもったいない。 美味しいクッキーだったので普通にペロリと食べちゃいましたけど。 こちらを作っているのは「 パン・菓子工房コッペ」。 就労型障がい者福祉施設で作られています。 他にもパンやお菓子を販売してました。 もう一つ同じくコッペが出していたコチラも購入。 たまごぱん(120円) これってもしや…あーやっぱりそうだ!昔駄菓子屋さんで買ったやーつだー。 外はサクッと中はボソッとしてる優しい甘さのパン。 というかお菓子。 私のよく行ってた駄菓子屋さんには「甘食」という名前で売ってました。 あぁ、口の中が懐かしいよー。 きみぴょんクッキーは、君津市保健福祉センターの1階にあるパン・喫茶コッペで購入出来るそうです。 今回行ったJAきみつ味楽囲さだもと店の他には、君津市役所ロビー、なごみの里君津、アピタ君津店内の吉田海苔でも販売しているとのことー。 こんなに可愛いいのをもらったらすごく嬉しくなーる。 カワイイは正義。 > > カナ@きさレポ(誰かきさポンのも作ってください).

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はるのすてき み~つけた

きみを見つけに

ポータル 文学 『 きみがぼくを見つけた日』(きみがぼくをみつけたひ、 The Time Traveler's Wife)は、 オードリー・ニッフェネガー ()著の小説である。 本作はニッフェネガーの小説デビュー作品である。 作者在住の地域を主な舞台に、自分の意思とは関係なくしてしまうヘンリーと、その妻クレアの物語が、それぞれの視点からの文体で交互に展開する。 最初に決まったのは題名で、次に結末、クレアの初体験、そして序章が書かれたが、破棄された。 その後、何度も構成が練り直された結果、「基本的にクレアの時間の流れを追う」という形に落ち着いたという。 しかし、章の順番は必ずしも日付順とは一致せず、同じ出来事が複数の章で異なる視点から描かれる場合もある。 なお、英語の小説は通常、過去形で書かれるが、本作の場合は「いつが現在なのか」が作者にも定かではなかったため、主人公たちが体験することを読者が同時に体験することができる現在形が採用された。 アメリカではに出版され、『』のベストセラーリストに28週連続トップ10入りを果たし、映画版公開前の2009年3月までにアメリカとで合計250万部近くが売れた。 また、およびを受賞している。 日本ではにより出版(翻訳:)。 当初は「 タイムトラベラーズ・ワイフ」という邦題だったが、文庫化に伴い改題された。 小説が出版されないうちから、(所有の映画製作会社)がすでに映画化の企画を進め 、2009年に公開された。 あらすじ [編集 ] 1991年、シカゴの ニューベリー図書館 ()に務める28歳のヘンリーは、20歳のクレアと出会う。 ヘンリーにとっては初対面だが、クレアは幼い頃からヘンリーを知っており、この日(リアルタイムのヘンリーに会う日)をずっと心待ちにしていたのである。 ヘンリーは(自覚している限り)5歳の頃から、自分の意思とは関係なくタイムトラベルしてしまう体質の持ち主だった。 クレアと話すうち、どうやら未来の自分がクレアの過去に何度も現れており、2人は結婚する運命にあるのだとわかる。 時間旅行に関する設定 [編集 ]• 各章の冒頭に、日付と主人公2人の年齢が明記されている。 時間旅行者ではないクレア(1971年生まれ)の場合、常にその時点での年齢で、例えば第1章の1991年では20歳である。 一方、ヘンリー(1963年生まれ)の年齢は「いつ、どの年に跳ぶかわからない」ため、クレアとの年齢差が章によってまちまちである。 年齢が異なる2人のヘンリーが同時に登場することもある。 ヘンリーのタイムトラベルは突然起こるが、衣服や所持品は持っていけない。 そのため、手にコップなどを持っていると、ヘンリーが消えた時点で床に落ちて割れることになる。 「行き先」には常に丸裸で到着するため、衣服や金なども現地調達しなければならず、盗むか、あるいはその時点にいる知り合いに貸してもらうことになる。 クレアの前に初めて現れた際もヘンリーは裸だったが、2回め以降はクレアが衣服や靴を用意してくれるようになった。 物語が進むうち、ヘンリーの時間旅行症は遺伝性だと判明する。 クレアは何度かヘンリーの子を身篭るが、胎児がどことも知れない所にタイムトラベルしてしまい、流産を繰り返すことになる。 不規則に思えたタイムトラベルにもパターンがあるらしいことが判明する。 本作では「未来に起きるべきことは、すでに起きている」という観点が貫かれており、時間改変やは一切発生しないが、「だからといって株や宝くじで儲けない手はない」というユニークさも描かれている。 ニッフェネガーは、章の順番は最終稿のそれとは異なるものでも良かったが、矛盾が生じないよう、で年号と2人の年齢や出来事を確認しながら執筆したという。 監督は『』のロベルト・シュヴェンケ。 ブラット・ピットが製作総指揮に名を連ねている。 キャッチ・コピーは「時を超えてめぐる究極の愛」。 映画化企画は2003年に始まり 、アメリカでは当初、秋公開予定だったが、一部のシーンを撮り直すため、『』で剃っていたエリック・バナの髪が再び伸びるのを待たねばならず、結果的に公開が延期されることになった。 雪の日に母親が運転するワゴン車に乗っていた6歳のヘンリーは、スリップ事故の衝撃を受けたとき自分に何が起こったのか理解できなかった。 車外に立ちつくす幼いヘンリーの目の前に1人の青年が現れ、いずれ理解できるときが来るだろうと告げ消えていった。 美術を専攻するクレアは図書館へ資料を探しにやって来た。 その図書館で働くヘンリーを見つけたクレアは彼にとても親しげに話しかける。 クレアにとってヘンリーは運命の人だった。 しかしヘンリーはクレアに会った記憶がない。 その夜クレアはヘンリーを食事に誘い、6歳のときから彼を知っていたことを告げる。 クレアはいつヘンリーに出会ったのかを、日記に刻銘に記していた。 自分の特殊な能力を知っていたヘンリーは、自分の未来と彼女の過去が、そしてお互いの家族の運命が複雑に絡みあっていることに気がつく。 クレアは自らの愛で、必死に人生を築こうと努力する。 クレア - ()• ヘンリー - ()• リチャード - (): ヘンリーの父。 ゴメス - (): ヘンリーとクレアの友人。 ケンドリック博士 - ()• 幼少時のクレア - スタッフ [編集 ]• 製作総指揮:、リチャード・ブレナー、ミシェル・ウイス、ジャスティス・グリーン• 監督:• 脚本:• 撮影:• 音楽: 脚注・参考資料 [編集 ].

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はるのすてき み~つけた

きみを見つけに

駅徒歩5分を謳うその店を捜して、ぐるぐると歩き回っていた。 勝手知らぬ街ではなかったはずなのに、コンビニエンス・ストアの蜃気楼に惑わされて、結局目的地にたどり着くのに優に15分はかかったあの日、アジアンテイストでもなんでもない、どちらかといえば雑多なカラオケ店にて。 わたしがきみを見つけたのは、そんなどこにでもある普通の日曜日のことだった。 その日、本当ならわたしは新幹線に飛び乗って仙台にいたはずだった。 ペンライトの海で溺れながら、また来年もきっとここで会おうとあまりにも不確かな約束を交わすひととき。 織姫にすらなれなかったわたしたちが行き着いたのは、自宅から30分ほど電車に揺られ、降りた駅から5つ角を曲がった先にあるカラオケ店だった、というわけだ。 自分よりも数歩先を行く仲間を一生懸命追いかけて、きっと追い越してやろうともがくその姿にどこか見覚えがあった。 所在なさげにを伏せる仕草も、「スーパーヒーローになる」と言い切るその眼差しも、初めてきみを認識して、きみを構成するものをひとつずつ拾い集めていく中で、もう一度あの頃の彼に出会えたような気がしてすごく嬉しかった。 毎瞬「好き」はアップデートされてゆくのに、あの頃に初めて感じたいっとう好きな気持ちはいつまでも変わらないままで。 とても失礼なことだと知っていながら、わたしは未だに、ずっと前から好きで今でも大好きなひとの幻影をどこか追いかけてしまう。 そんな不純なきっかけでわたしがきみをその他大勢には分類できなくなってしまったこと、どうか許して欲しいと思う。 赤と青の光を足して出来た紫に緑を足すと白になる。 そう気づいてから、きみは立つべくしてその場所に立っているんだと信じて疑わなくなった。 まだきみに出会ってから幾ばくもないけれど、どんな輝く未来がきみを待ち受けているかと、わたしはとてもわくわくしているのだ。 ちょっぴりツイてないようでツイてるところ。 気合と根性でなんでもやってのけるところ。 何事にも真摯に取り組んで、手を抜かないところ。 わたしはまだ平面のきみしか知らないけれど、絶対に、絶対にアイドルに向いてると、心から信頼している。 をキンキンので割ったのを煮詰めて、その上澄みだけを攫って瓶に詰めたような。 屋上で仰いだ飛行機雲とか、坂を猛スピードで下る二人乗り自転車とか、伸びた影が重なるのがうれしかった蝉時雨とか、こっそり家を抜け出して眺めた流れ星とか。 きみを見ているとそんないつかの光景がフラッシュバックして、ほんの少しだけ泣きそうになってしまう。 今年はそれを何と呼べばいいのか分からないけれど、春は必ず来るというのだから、わたしのよく知っている夏はいつかまた来るのだろう。 これから先、たくさんのキラメキを手にしていくであろうきみの掌から、もしも欠片がこぼれてしまうことがあるなら。 そっと掬いあげて、大切に宝石箱にしまっておきたいと、そんなことを真剣に考えていたりする。 ある種の呪縛めいたことをこれから言うから、どうか聞き流して欲しい。 髙橋優斗くん、アイドルになることを選んでくれてありがとう。 どうかお目にかかるそのときまで健やかに、きみの思う通りに突き進んでくださいね。 stella11.

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