どうせ死ぬから大丈夫。 どうせ死ぬから大丈夫

ブラジル大統領「ロックダウン?するわけねーじゃんどうせみんないつかは死ぬだろ」

どうせ死ぬから大丈夫

人間、どうせいつか死ぬのだ、という諦めにも似た悲観が私を覆う。 幸せになりたい、ならなきゃと思う一方で、どうせいつか死ぬ、という考えが頭をもたげる。 例えば、楽しいことを見つけ、その瞬間は没頭する。 しかし、一時的な感覚でしかなく、退廃的な気分に襲われる。 昔、自分の好きなインテリアで揃えた夢の家をいつか持ちたいって思ったっけ… 愛情に満ちた自分の新しい家族と暮らし、笑い声の絶えない家。 今は、どうせあと数十年したら死ぬのに、しかもそのうちのほとんどは年老いた老後なのに、ともう一方の私が言う。 何十年もローンを組んで、私が得たかったのはそんなものだったっけ… 全てのことが取るに足らない些細なことのような気がしてくることがある。 どうせ、いつか皆死ぬんだって… ここに訪れてくれる人は、似たような、もしくはもっと壮絶な体験をしてる。 今、まさに苦しんでいる人もいるけれど、苦しみから抜け出た人もいる。 同じ体験をしてるから、彼女、彼らの励ましや叱咤激励は、説得力がある。 大丈夫なんだ。 乗り越えられるんだ、と。 早く精神科医かカウンセラーの助けを借りながら、自分の立ち直るスタート地点に立ちたい。 2ヶ月先まで予約が一杯なんて、同じように苦しんでいる人が一杯なんだ。 自分がやりたかったこと。 絵を描くこと。 喫茶店とか、自分の店を持つこと。 色んな国を旅すること。 友達をたくさん作ること。 古い家を自分で改装しながら暮らすこと 犬と文鳥を飼うこと 自分のアイデンティティーを持つこと 幸せを一杯に感じていた二十歳の、アメリカ時代の私を取り戻すこと。 結婚すること。 書き出してみると、勇気を出せば、行動に移せばすぐにできることが多い。 幸せを掴むのは、自分の心次第ってことなんだ。 わかっちゃいるけど、ってやつだね。 こんにちは、小鳥さん。 私は時々「前半に色々ありすぎたから、自分の今後の人生は、穏やかであれさえすればそれでいいやっ。 」て思ったりします。 なんかもう色々お腹一杯になっちゃったから、後半はひっそり静かに生きられればそれで十分だって。 それなのに、その反面、無意識にこんな事に挑戦してみたいな、とか、あの人みたいな生き方にあこがれるな、なんていう希望や理想みたいなものも出てきたり。 それに気づくと、人間って、(どうであれ)生かされているんだなぁ・・・ってしみじみ感じます。 なぜなら、希望・理想を持つことって、食べたり眠ったりするのと同じように、生きるための本能だと感じるからです。 自分の希望や理想にいつか近づけると信じて生きていると、自然とその方向へと状況が向かって行くと聞いたことがあります。 それぞれに合ったのタイミングで事が動き出すのかもしれませんね。 ある日何かのきっかけで目の前のドアがぱっと開いて、そこから一歩踏み出すと視界がどんどん広がっていく、みたいにね。 投稿: c 2011年2月13日 日 16時18分 cさん こんばんは。 そうですね。 確かに幸せな夢を描いているだけで、たとえ現実逃避でも、幸せな気持ちになれますね。 虐待されていたとき、いつも部屋に入ってから、幸せな空想をしていました。 大人になって、地に足がついていないと友人数人に指摘されたことがあります。 確かに今考えると、突拍子もなく現実味のない夢を持っていたり。 でも、考えてみると、私はその、現実味のない夢を抱いてたからこそ、あの虐待を生き抜いてこれたんだ、と思います。 希望がないと人は生きられないのかもしれませんね。 無意識的に、本能で生きる方法を身に付けたのかもしれないですね。 cさんのコメントで、忘れていたことに気がつきました。 いつも温かいコメントを、どうもありがとう。 投稿: 小鳥 2011年2月13日 日 20時29分 白文鳥さん 夜中、眠れないときとか、独りでいると、世の中でこんな独りぼっちは私だけなんじゃないか、という気分になります。 抗鬱薬を飲んでいるんですね。 いくらか楽になれますか? 以前、親と暮らしていたとき、息苦しい程の恐怖とパニックで病院に行き、抗鬱薬で驚く程楽になれたのを覚えています。 その時の先生が亡くなられ、後に他の病院で処方された薬は合わず、薬の控えを取っておくべきだったと悔やんでいます。 幸い、今は抗鬱薬は必要なく、入眠剤のみですが… 白文鳥との生活、本当に愛情に溢れていますよね。 あんなに小さな体で、心も脳も指の爪ほどしかないはずなのに、きちんと愛情を注ぐと愛情で返してくれる。 手のひらで寝入っていると、心臓の鼓動で体が揺れて…安心しきっている小鳥を見ているだけで癒されます。 投稿: 小鳥 2011年2月19日 土 23時46分.

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「僕はどうせ幸せになれない」|枯葉|note

どうせ死ぬから大丈夫

こんにちは。 清水文太です。 今回で連載「文太の日記」は最終回! さびしいねえ。 これからもほかのプラットフォームでブログは書いていくから、よかったら読んでね。 でもせっかくだから、最後に僕が伝えたいこと、全力でつづります。 どうせ死ぬなら、もう少しだけがんばってもいいんじゃないか 僕は今まで「生」と「死」について書いてきました。 それには理由があります。 読んでくれてたみなさんに、「死に急ぐこと」「自ら死ぬこと」は必要ないと伝えたかったから。 学校がつらい。 職場がつらい。 家庭がつらい。 社会がつらい。 僕が語らずとも、世界にはいろいろなつらいことが広がっている。 だけど、急いで死ぬ必要はないじゃないか。 死の先に幸福が待っているとは限らない。 僕らは死後の世界を知らないしね。 それに、死は誰にでもいつか訪れる。 だからこそ、自分で死ぬ必要はないんじゃないかって思うんだ。 もう少し生きてたら、良いことがあるかもしれないじゃないか。 たとえ、良いことが待っているのがものすごく先だとしても、どうせ最後には死ぬなら、もう少しだけがんばってもいいんじゃないかって。 そして、本当にしんどかったら、いばらの道を進む必要はない。 チューリップが咲いてる道を選べば良いじゃない。 疲れたときは、それでいいんだよ。 「あの時死ななくてよかったー」って、心の底から思ってる 衣装を借りてたらお会いしたデザイナーのおばあちゃん こんなことを言っている僕も、死のうとしたことが何回もある。 家族と仲良くなれなくて、社会が怖くて、友だちが信じられなくて、逃げたかった。 いますぐにこの世界から出ていきたいと思ったんだ。 その度に、いろいろな人が助けてくれた。 僕は「なんで助けたの?」って心の底から思ったんだ。 「やめてくれよ、もう楽にさせてくれ」ってさ。 だけど、今となっては、「今」がいちばん楽なんだぜ? 「あー、あの時死ななくてよかったー」って、心の底から思ってるんだ。 あの時死んでたら感じられなかった気持ちやできごとを、今味わえている。 そんなことが、今死を考えているあなたにも起こるかもしれない。 信じるのは怖いと思う。 だけど、信じてほしい。 実際には、ずっと不幸かもしれない。 僕は、他人の人生を透視できるわけじゃないから。 だけど、可能性を自ら放棄する必要はないじゃない。 この世界、悲しいことばかりではないかもよ? 横浜で見上げた曇り空がとてもきれいだった この間、二日酔いで横浜の街を歩いていたんだ。 とりあえず寝たいなと思って、赤レンガ倉庫の横の芝生で寝てたんです。 起きたら、財布が盗まれていて(落としたのかもしれないけど)。 携帯の充電も切れて、帰れなくなった。 途方に暮れて、財布を探しながら歩いていたら、大さん橋に着いて。 「あーあ、どうしようかなあ」と思って、何となく寝っ転がって空を見てた。 その日はまあまあ曇ってたんだけど、僕にはとてもきれいに見えたんだ。 「こんなにも空がきれいなんだ。 財布くらい無くなったって大丈夫。 僕はこの空を見上げることができたんだ」って思った。 そしたら、僕と、無限に広がる壁紙のような曇り空の白が、一体になった気がした。 まあ、諸々のカードとか無くして怒られたけど(笑)。 今しか見ることのできないこの景色。 僕はもう少し見続けよっと。 またどこかでね。 ばいばい。

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どうせ死ぬなら、もう少し生きてみよう【文太の日記】

どうせ死ぬから大丈夫

人間、どうせいつか死ぬのだ、という諦めにも似た悲観が私を覆う。 幸せになりたい、ならなきゃと思う一方で、どうせいつか死ぬ、という考えが頭をもたげる。 例えば、楽しいことを見つけ、その瞬間は没頭する。 しかし、一時的な感覚でしかなく、退廃的な気分に襲われる。 昔、自分の好きなインテリアで揃えた夢の家をいつか持ちたいって思ったっけ… 愛情に満ちた自分の新しい家族と暮らし、笑い声の絶えない家。 今は、どうせあと数十年したら死ぬのに、しかもそのうちのほとんどは年老いた老後なのに、ともう一方の私が言う。 何十年もローンを組んで、私が得たかったのはそんなものだったっけ… 全てのことが取るに足らない些細なことのような気がしてくることがある。 どうせ、いつか皆死ぬんだって… ここに訪れてくれる人は、似たような、もしくはもっと壮絶な体験をしてる。 今、まさに苦しんでいる人もいるけれど、苦しみから抜け出た人もいる。 同じ体験をしてるから、彼女、彼らの励ましや叱咤激励は、説得力がある。 大丈夫なんだ。 乗り越えられるんだ、と。 早く精神科医かカウンセラーの助けを借りながら、自分の立ち直るスタート地点に立ちたい。 2ヶ月先まで予約が一杯なんて、同じように苦しんでいる人が一杯なんだ。 自分がやりたかったこと。 絵を描くこと。 喫茶店とか、自分の店を持つこと。 色んな国を旅すること。 友達をたくさん作ること。 古い家を自分で改装しながら暮らすこと 犬と文鳥を飼うこと 自分のアイデンティティーを持つこと 幸せを一杯に感じていた二十歳の、アメリカ時代の私を取り戻すこと。 結婚すること。 書き出してみると、勇気を出せば、行動に移せばすぐにできることが多い。 幸せを掴むのは、自分の心次第ってことなんだ。 わかっちゃいるけど、ってやつだね。 こんにちは、小鳥さん。 私は時々「前半に色々ありすぎたから、自分の今後の人生は、穏やかであれさえすればそれでいいやっ。 」て思ったりします。 なんかもう色々お腹一杯になっちゃったから、後半はひっそり静かに生きられればそれで十分だって。 それなのに、その反面、無意識にこんな事に挑戦してみたいな、とか、あの人みたいな生き方にあこがれるな、なんていう希望や理想みたいなものも出てきたり。 それに気づくと、人間って、(どうであれ)生かされているんだなぁ・・・ってしみじみ感じます。 なぜなら、希望・理想を持つことって、食べたり眠ったりするのと同じように、生きるための本能だと感じるからです。 自分の希望や理想にいつか近づけると信じて生きていると、自然とその方向へと状況が向かって行くと聞いたことがあります。 それぞれに合ったのタイミングで事が動き出すのかもしれませんね。 ある日何かのきっかけで目の前のドアがぱっと開いて、そこから一歩踏み出すと視界がどんどん広がっていく、みたいにね。 投稿: c 2011年2月13日 日 16時18分 cさん こんばんは。 そうですね。 確かに幸せな夢を描いているだけで、たとえ現実逃避でも、幸せな気持ちになれますね。 虐待されていたとき、いつも部屋に入ってから、幸せな空想をしていました。 大人になって、地に足がついていないと友人数人に指摘されたことがあります。 確かに今考えると、突拍子もなく現実味のない夢を持っていたり。 でも、考えてみると、私はその、現実味のない夢を抱いてたからこそ、あの虐待を生き抜いてこれたんだ、と思います。 希望がないと人は生きられないのかもしれませんね。 無意識的に、本能で生きる方法を身に付けたのかもしれないですね。 cさんのコメントで、忘れていたことに気がつきました。 いつも温かいコメントを、どうもありがとう。 投稿: 小鳥 2011年2月13日 日 20時29分 白文鳥さん 夜中、眠れないときとか、独りでいると、世の中でこんな独りぼっちは私だけなんじゃないか、という気分になります。 抗鬱薬を飲んでいるんですね。 いくらか楽になれますか? 以前、親と暮らしていたとき、息苦しい程の恐怖とパニックで病院に行き、抗鬱薬で驚く程楽になれたのを覚えています。 その時の先生が亡くなられ、後に他の病院で処方された薬は合わず、薬の控えを取っておくべきだったと悔やんでいます。 幸い、今は抗鬱薬は必要なく、入眠剤のみですが… 白文鳥との生活、本当に愛情に溢れていますよね。 あんなに小さな体で、心も脳も指の爪ほどしかないはずなのに、きちんと愛情を注ぐと愛情で返してくれる。 手のひらで寝入っていると、心臓の鼓動で体が揺れて…安心しきっている小鳥を見ているだけで癒されます。 投稿: 小鳥 2011年2月19日 土 23時46分.

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